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バクー市の自動車 [町の仲間たち in AZ]

 僕は乗用車には、あまり興味がない。というか、まったくと言っていいほど興味がない。具体的に言うと、旧共産圏の自動車なんてトラバント以外は知らなかったぐらい、興味がない。飛行機とか鉄道車両とか軍用車両とかは好きなんだけど、乗用車は何か、そそるものがない。
 ところが今回、アゼルバイジャンではどういった自動車が走っているのか、少しばかり気になった。てな訳で、ちょっと調べてみた。手法は、その辺に停まっている車をメーカー/ブランド別に集計していくという、かなりいい加減なもの。対象は、輸送車輌全て(ただし、明らかに廃車になっているものは除く)。この土曜~月曜、外出のついでに、そんな感じの調査を行い、1329台分のデータを得た。

 まずは、車両数の多い上位10ブランドを紹介しよう(下表)。

メーカー/ブランド別 TOP10
1 メルセデス・ベンツ ドイツ 23.3%
2 ラーダ/ジグリー ロシア 13.6%
3 ヒュンダイ 韓国 9.9%
4 トヨタ 日本 8.8%
5 日産 日本 5.9%
6 キア 韓国 4.4%
7 フォルクスワーゲン ドイツ 4.1%
8 BMW ドイツ 4.0%
9 三菱 日本 3.8%
10 オペル ドイツ 2.7%

 この通り、現在のバクー市では、メルセデス・ベンツが圧倒的なシェアを誇っている。おおよそ4~5台に1台がメルセデスの車ということになる。低価格帯の車種から高級車まで、あるいは乗用車から大型トラックやバスまで、様々な車種が流通しているのも、このブランドの特徴である。
 2位は、ロシアのアフトヴァース(АвтоБАЗ)社のブランドであるラーダ(Lada)とジグリー(Жигули)。ちなみに、前者は国外向け、後者は国内向けブランド名である。両ブランドの区別は難しかったので、一緒に集計した。外見がボロい車の大半は、このブランドのもの。
 3位は、韓国のヒュンダイ。バクー市の自動車のおおよそ10台に1台は、ヒュンダイ車ということになる。かなり凄い数字だと思う。なお、GENESISなど、一般のヒュンダイ車とは別のエンブレムを付けている車種も、一緒に集計している。
 4位と5位は、日本のトヨタと日産。どちらも人気のあるブランドで、例えば、とある宝くじの一等賞品が日産のサニーだったりする。なお、レクサス、インフィニティは、それぞれ別個のブランドとして集計しているので、上記の表の数字には入っていない。
 他の日本勢では、三菱が9位に入った。なお、バクーに存在する三菱車の9割以上がパジェロである。アゼルバイジャン人には「大きいことは良いことだ」的な価値観の人が多いようで、SUVは人気が高い。

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ナンバープレートの話 [アゼルバイジャン留学]

 ニュースによると、日本ではナンバープレートの形状変更が検討されているそうで。個人的には、二次元的に情報を把握できる現行プレートの方が見やすくて良いと思うけど。でも一方で、実際に車に取り付けた後のことを考えると、横長プレートの方が格好良いのかなとも思う(現行プレートは、車体デザイン殺しだと思う)。
 自動車メーカーとしてはどうなのかな。バンパー等の形状が海外の仕様と統一できて、助かるのだろうか。よく分からんが。

 ちなみに、アゼルバイジャンのナンバープレートには、横長のものと日本的なものの両方が存在する。

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↑ 横長プレート。バクーでは、ここ数年で、走っている自動車の種類がかなり変わった。日本車の割合も、格段に高くなった。

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↑ 日本的プレート。せっかくなので、ニッサン車で統一した。

 なお、アゼルバイジャンは、別にプレート形状の仕様移行中と言うわけではない。アゼルバイジャンでは正規の自動車ディーラーというのが非常に少ないらしく、それ故、販売されている車も、本来どこの市場に向けたものがどういったルートで入ってきたのか分からんものが大半なのだ。規格の統一もクソもあったものじゃない状況なので、現実的に2種類のプレートが必要とされているのである(たぶん)。ちなみに、割合としては横長プレートの方が圧倒的に多い。

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3月21日、バレーボールを観に行く [アゼルバイジャン留学]

 バレーボールを観戦してきました。目的は佐野選手(ご本人のブログはこちら)。

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↑ 会場。テニスコートやサッカー場も併設されている。

 なお、アゼルバイジャンは現在、ノヴルーズ(旧正月)の連休中です。ノヴルーズの期間中、アゼルバイジャン人は自宅で家族と過ごすのが一般的なようで、そのためもあってか、今回は観客がかなり少なめでした。

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↑ 大きさが全然違う・・・。なんか、戦闘機と爆撃機って感じやな。役割的にも大体一致している気がするし。

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1月23~25日 トビリシ (その4) [旅の記録]

 ケータイで“high”と打つ時の鬱陶しさは異常。



 トビリシ滞在記は、今回で最後。

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↑ 丘の上にあるのが、Narikala城址。恐らく、テュルク語で「内城」を意味する「narın qala」の転化(“narın”は「細い、小さい」あるいは「繊細な、優美な」という意味。“qala”は「城、砦」を意味するアラビア語から)。

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↑ 城壁はかなりの部分が現存していたり、修復されていたりしている。ぶらぶら歩いているだけで面白い。

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おはようございます [アゼルバイジャン語]

 今日はバレーの試合を観に行こうと思っていたんだけど、会場がよく分からん場所に変更になっていたので諦めた。天気も悪かったし。何か知らんけど、雪が降ってる。寒い。



 アゼルバイジャン語の「おはようございます」は、「サバーフヌズ・ヘイル(Sabahınız xeyir!)」と言う。これは、“sabahınız xeyir olsun!”の省略形で、直訳すると「あなたの(-ınız)朝が(sabah)素晴らしい( xeyir)ものになりますように(olsun)」となる。
 Sabahはアラビア語に由来する言葉で、上述の通り「朝」という意味だ(というか、“sabahınız xeyir olsun!”そのものがアラビア語からの直訳かもしれない)。アゼルバイジャン語の兄弟言語であるトルコ語でも、sabahは「朝」を意味する語として使われる。

 しかしながら、現在のアゼルバイジャン語でsabahと言ったら、「明日」を意味するのが普通である。sabahが「朝」と言う意味で使われることは稀で、熟語表現や諺などにほぼ限られると言って良い(なお、このような意味の変化が生じた理由については、以前の記事を参照のこと)。
 「朝」と言いたい時にはsəhərという単語が使われるのが普通だ。ちなみに、このsəhərもアラビア語起源で、「夜明け、黎明」を意味する言葉である。

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とある樹木の一生 [町の仲間たち in AZ]

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↑ 芽吹

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グルジアの妖怪と食べ物 [旅の記録]

 先週の火曜日からノウルーズ(イラン暦の元旦。アゼルバイジャン語では“ノヴルーズ(Novruz)”)へのカウントダウンが始まっております。毎週火曜日にカウントダウンしていって、年の最終火曜日(今年は3月20日)から連休に突入。ちなみに、この最終火曜日には、焚き火を飛び越えるイベントが行われます。
 僕も、大家さん夫妻から、火曜日ごとに、食べ切れないほどのピラフをいただいています。この国では、ピラフは、こういったハレの日に食べる料理です。先週は鶏のピラフでした。今週のは、ガチョウかな? 訊くのを忘れたので、明日あたり尋ねてみようと思います。



 そんな訳で、グルジア旅行記の続き。

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以前紹介したように、トビリシには妖怪がたくさん棲んでいる。この像も、その仲間だろう。

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↑ 町を歩いていたら、マーラ様と遭遇した。油断できない。

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↑ 仮面が売られていた。たぶん、妖怪退治の人が装着するのだろう(・・・『グリーンマン』とか『ダイヤモンド・アイ』とかと同時期に『グルジアマスク』っていうマイナー番組が存在した、って言われたら、信じる)。


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1月23~25日 トビリシ (その3) [旅の記録]

 バクー国立大学の日本語学科では、毎年この時期に外部からの講師を招いて、4回生向けの特別講義を行っているそうです。昨年、僕はその講師の1人として招いていただき、2コマ分しゃべらせていただきました。
 今年もまた、昨年に引き続き、特別講義を担当させていただいています。今年は、諸事情により、6週連続、合計6コマもやらせていただくことに。やりがいがあります。この前の火曜日が第1回で、「日本語の『獅子』とアゼルバイジャン語の『şir(ライオン)』は語源が同じ」という内容を扱いました。生徒さんたちがどうだったかは知りませんが、少なくとも、僕は楽しかったです。今は、生徒さんたちが送ってくれたレポートを読んでいるのですが、これもなかなか面白いです。
 あと5回、何をしゃべろうか、色々と考え中です。



 トビリシ滞在記の続き。今回は旧市街の写真。トビリシの街は1795年、アーガー・モハンマド・ハーン率いるイランの軍勢に掠奪・破壊されたこともあり、歴史ある形で現存している建物は、あまり多くない。それでも、旧市街は、多くの教会が建つ、魅力的な場所であった。

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↑ 市壁。ごくごく一部しか残っていない。その点、かなりの部分が現存しているバクー旧市街の市壁とは、対照的。

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↑ 何かの塔。詳細不明。ファンタジー映画に出てきそうな、独特の雰囲気がある。

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道路標識 (補助標識 その1) [町の仲間たち in AZ]

 今日(2月8日)、バクーは観測史上最低気温を更新したそうな。この110年で、一番寒い日。それでも、気温そのものはマイナス11度と、そこまで“狂ったような寒さ”という感じではない。しかしながら、家屋の、あるいは街そのものの寒さ対策・雪対策が十全とは程遠いために、非常に寒く感じる。
 僕の家では、台所の色々なものが凍りついていた。野菜も、肉も、ごま油も、昨日漬けた浅漬けも、何もかもがカチンコチン。夕飯を作る際、うっかり卵を床に落としてしまったのだが、中身が凍っているため、床が全く汚れなかった。笑った。



 久しぶりの道路標識ネタ。今回紹介するのは、補助標識。他の標識に組み合わされて、情報を追加する標識群。日本のものに比べ、記号やピクトグラムが多用されており、アゼルバイジャン語が分からない人にも分かりやすくなっている。

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↑ 「ここから50m駐車可」。街中では、最もよく見かける組み合わせ。

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↑ これも「ここから50m駐車可」。矢印のないバージョン。

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1月23~25日 トビリシ (その2) [旅の記録]

 今冬のバクーは、寒い。雪も例年にない降り方をしており、生活にも多大な影響を与えている。一昨日は公共交通機関が軒並みストップしていた。我が家でも電圧が不安定で、10分に1度くらいの割合でPCが落ちていた(電圧の不安定さはいつものことだが、さすがにPCが落ちてしまうほどの電圧降下は数日に1度ぐらいだった)。
 僕が旅行に行っている間も、なかなかに大変な雪と寒さだったそうな。僕が不在の間は大家さんに家の保守管理をしてもらっていたのだが、それでも予想外の寒さで、色々なところが駄目になってしまったようだ。一番大きかったのは、給湯器の故障。お湯が全く出ない。さすがに素人では修理できそうになかったので、大家さん経由で修理屋さんに相談した。彼によると、給湯器に繋がっている水道管が凍結し、その際に一部が破損した可能性が高いそうな。もしかしたら壁の中に埋まっている管が逝っているかもしれず、その場合、修理は困難とのことだった。
 すぐにでも診てもらいたいところだったが、天候が好転するまでそちらに行けない、と言われた(そりゃそうだ)。そんな訳で、目下のところ、お湯の出ない家で生活中。この生活は、故障が修理工の手に負える範囲だったら数日、そうでない場合は数ヶ月続くことになるだろう。是非、前者であって欲しいものだ。このまま数ヶ月、冷水のシャワーを浴び続けたら、悟りの1つくらいは開いてしまいかねない。・・・・・・その前に別の方法で仏になっているかもしれんけど。
 給湯器以外では、なぜか冷蔵庫も壊れていた。きっとバランスを取っているのだろう。給湯器が壊れると同時に冷凍庫も機能を止める。すると、あら不思議、壊れる以前と以後で、室内の平均温度に変化が生じていないではありませんか!! ・・・・・・とりあえず、大急ぎで冷凍庫に入っていた食材を処理したが、一部は残念ながら廃棄せざるを得なかった。



 ま、そんなこんなで、トビリシ滞在記の続き。

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↑ トビリシで滞在していたHostel Georgia。バックパッカー御用達の安宿で、1泊約500円。狭いけど、良いところだった。Free Coffee、Free Teaという普通のサービスに加え、Free Wineという訳の分からんサービスが提供されている。国際的にも非常に評価の高いグルジアワインが、ただで飲み放題。酒を飲まない僕には関係ないけど。

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↑ グルジア正教会の建築物でもっとも巨大な至聖三者大聖堂。サメバ大聖堂とも呼ばれる。2004年完成。全高84mだそうな。とにかく、でかい。

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1月23~25日 トビリシ (その1) [旅の記録]

2時間ほど前に帰宅しました。かれこれ、丸9日間の旅でした。かなり色々なものが見れたし、それなりに面白い史料も入手でき、良かったです。旅路の詳細は、今回からぼちぼち書いていきます。



 さて、以前にも記したように、バクーからトビリシまでは、夜行バスを利用した。バクーの国際バスステーション(なんか斬新な響きの単語だ)を23時に出発。・・・・・・が、それから30分も経たないうちに、何もない場所で停車してしまった。エンジンの調子が悪いから点検するとか何とか。・・・・・・そういうことは出発前にやっておこうよ、ガルダーシュ! まったく、笑いを噛み殺すのにどれほどの苦労があったことか。
 まあ、そういうこともあるけれど、バスは飛行機や鉄道よりもはるかに安い交通手段で、なんと片道約1200円。それでいて鉄道よりもよっぽど速いし(列車の鈍足っぷりについては、この記事を参照)、チケットの購入も楽。狭い場所に長時間押し込められることが苦にならない人間にとっては、願ってもない交通手段なのである。
 で、そんなトラブルも乗り越えて、翌日の午前中にはトビリシに到着。アゼルバイジャン-グルジアの国境は、歩く距離がやや長めであった(でも、この頃は荷物が軽かったから、移動も楽だったなぁ・・・)。印象的だったのは、グルジア側のチェックのゆるさ。まさか、荷物の検査もされないとは思わんかった。
 さて、1500年以上の歴史を持つ都市であり、ロシア帝政期にはカフカース総督府も置かれていたトビリシは、歴史的な建物も数多く残された、見どころの多い街である。とても1度では紹介しきれないので、今回はごく一部だけ。

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↑ グルジアで最初に撮影した写真がこれ。いや、ГТС系のマンホールの中でも見たことないタイプだったんで、思わず・・・。

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↑ トビリシのマクドナルド。見慣れたチェーン店のはずなのに、何故か全く別の場所に見える。不思議。
 ちなみに、肉はオーブンではなく、呪術で焼かれる。

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テュルキイェにて [アゼルバイジャン留学]

 毎度のことですが、荷物が重くて移動が大変です。特にバスステーション-ホテル間の移動は苦行と言えます。原因は、言わずもがな、買いあさった史料。大型のスーツケースの中身がほぼ全て書籍なのだから、重くないわけがありません。ちなみに、このスーツケース、デビュー戦のイラン・アゼルバイジャン旅行の際に早くもぶっ壊れてしまったという、とても可哀そうな経歴を持っています。中身の重さと悪路に耐えかねたようで、ある日、接合部がビリビリと裂けてしまったのでした(歩いていたら、突然スーツケースが真っ2つに ―― なかなかの壮観でした)。今は、裂けた個所を自分で縫い直し、各所を色々と補強して、騙し騙し使っています。

 さて、旅の経過を簡単に報告します。25日の夜、黒海東岸の港町バトゥーミに到着。保養地としても知られるだけあって、それなりに暖かくて過ごしやすかったです。今日(27日)の朝には同地を出発し、陸路でトルコに入国。現在、アナトリア東北部、黒海南岸の歴史ある都市、トラブゾンに滞在しています。明日の夜には、ここを出発して、アルメニア・イラン国境の方面へ向かう予定です。

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サカルトヴェロにて [アゼルバイジャン留学]

 アゼルバイジャンには女子バレーのプロリーグが存在し、サッカー、格闘技の次ぐらいの高い人気を獲得しています。そして、その中の1チーム、イクティサーッツ(iqtisadçı)には、全日本代表のリベロでもある佐野選手が所属しています。昨日(=22日)、その試合を日本人10名ほどで観戦し、その後、ご本人も含め一緒に中華料理を食べました。試合はかなり面白く、また感動したのですが、そして餃子も美味しかったのですが、この件については帰国後にまた詳しく書くことにします。
 というのも、わたくし、現在、お隣の国グルジアにいるのです。23時発のバスに乗って、今日(=23日)の昼前に首都トビリシに着きました。人生初グルジア。トルコ、アゼルバイジャン、イランに次ぐ4番目に訪れた外国。我ながら、自身の経験の狭さと偏りに呆れます。ちなみに、タイトルにある「サカルトヴェロ」とは、グルジア語で「グルジア」の意。

 隣国同士であり、20年ちょっと前には同じソ連邦の一部であったアゼルバイジャンとグルジアですが、けっこう色々な違いがあって面白いです。まぁ、それも帰国後に書きます。たぶん。
 ちなみに、帰国日は1週間後ぐらいの予定。たぶん。大雑把な計画しか立てていない行き当たりばったりの旅行なので、明日どこで何をしているかも分かりません。
 
 とりあえず今回は、本日入手したものの中で最も面白いものを紹介しましょう。

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グルジア語訳『百人一首』。漢字とグルジア文字の取り合わせが、何だか非常にまがまがしい。

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どうでもいい本に限ってダブって買ってしまうという現象の考察 ―― あるいは、記憶力に対する挑戦 (現象の紹介、および実験方法の説明 編) [その他]

 最近、アゼルバイジャン周辺で12世紀頃~20世紀前半に活躍した詩人たちの作品を片っ端から読んでいます。詠んではいません。読んでいるだけです。僕は別に、作品そのものに興味があるわけではないのです。ただ、作品の内容から、それぞれの時代の生活であるとか、常識であるとか、そういったものが少しは復元できないものかな、できたら良いな、などと思っているのです。
 そんな訳で、詩集の類を買い漁っているのですが、これがなかなかに大変です。それぞれの詩人の全集や選集、時代別・テーマ別のアンソロジー、伝記や評論、研究書 ―― これら全てを合わせると、膨大な数の書籍が出版されているからです。当然、購入済みのものを完全に把握しておくことは、僕の残念な記憶力では不可能で、かなりの割合で同じものを買ってしまいます。最近も、その日買った20冊あまりのうち4冊が見事にダブってしまい、「うへあ」となりました。しかも、その4冊全てが、かなりどうでもいい類の本でした。「ダブって買ってしまった・・・・・・がっかり」と「この本はどうでもいい本なのに・・・・・・がっかり」とで、二重のショックです。
 ―― つまりは、「どうでもいい本に限ってダブって買ってしまう」の法則です。

 僕はこの手の現象(要するに「マーフィーの法則」)が人並みに好きで、ジョーク的な文脈では、よくそれらを口にします。一方で、それらを必ずしも本気で信じているわけではありません。確率論的に、あるいは心理学的に、それらの「法則」はどう解釈できるのか ―― そういうことも同時に考えます。何故ならば、僕は自分のことを科学的な人間だと思っているからです。
 で、「どうでもいい本に限ってダブって買ってしまう」という現象ですが、考えてみれば、これは至極当たり前の現象と言えるでしょう。というのも、「買ったことを忘れてしまう本」というのは、多かれ少なかれ「どうでもいい本」であるからです。その本が重要だったり面白かったりしたならば、そもそも購入した事実を忘れることもなく、故にダブって買ってしまうこともない、という訳です。つまり、「どうでもいい本に限ってダブって買ってしまう」ではなく、正しくは「タブって買うような本はどうでもいい本である」ということですね。
 ―― なにやら、もっともらしい説明です。しかし、本当にそうでしょうか。

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マンホール (その4) [町の仲間たち in AZ]

 某所で非常に珍しいマンホールを発見した。しかし、このマンホール、憲兵隊のブースのすぐ脇にある。その距離、約20cm。さすがに怖くて撮影できない。



 今回紹介するのは、「ŞTŞ」と書かれたマンホール群。ŞTŞとは、おそらく「都市電話網(Şəhər Telefon Şəbəkəsi / Шәһәр Телефон Шәбәкәси)」のことで、ソ連時代のГТСの後継であると思われる。マンホールの意匠も、ГТСのそれと似たものが多い(ГТСのマンホールに関しては、前回の記事を参照)。
 また、「TŞ」と書かれたマンホールも数種類存在しており、これもŞTŞと同系統のマンホールと推測される。やはり、意匠が一部共通しているからである。故に、これらも併せて紹介する。
 なお、「Şəhər Telefon Şəbəkəsi」というのはアゼルバイジャン語であるため、恐らく全て独立後に作られたマンホールと考えられる。

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↑ 中心の文字を数十の同心円が囲み、最外縁にはギザギザという、ГТС系列と共通する意匠が施されている。ŞTŞ/TŞ系列でも、このタイプの意匠が基本形。

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↑ 数あるŞTŞ/TŞ系のマンホール群のうち、現在、町で最もよく目にするのは、このタイプ。ГТС系に比べると、かなりシンプル。

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↑ これタイプも、よく目にする。ここまでの3タイプに見られるように、ŞTŞ/TŞ系は、最外縁のギザギザが基本的に浮き彫りである。この点が、ГТС系との細かい相違点の1つ(ГТС系の場合、浮き彫りのギザギザはかなりレア)。

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