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テュルキイェにて [アゼルバイジャン留学]

 毎度のことですが、荷物が重くて移動が大変です。特にバスステーション-ホテル間の移動は苦行と言えます。原因は、言わずもがな、買いあさった史料。大型のスーツケースの中身がほぼ全て書籍なのだから、重くないわけがありません。ちなみに、このスーツケース、デビュー戦のイラン・アゼルバイジャン旅行の際に早くもぶっ壊れてしまったという、とても可哀そうな経歴を持っています。中身の重さと悪路に耐えかねたようで、ある日、接合部がビリビリと裂けてしまったのでした(歩いていたら、突然スーツケースが真っ2つに ―― なかなかの壮観でした)。今は、裂けた個所を自分で縫い直し、各所を色々と補強して、騙し騙し使っています。

 さて、旅の経過を簡単に報告します。25日の夜、黒海東岸の港町バトゥーミに到着。保養地としても知られるだけあって、それなりに暖かくて過ごしやすかったです。今日(27日)の朝には同地を出発し、陸路でトルコに入国。現在、アナトリア東北部、黒海南岸の歴史ある都市、トラブゾンに滞在しています。明日の夜には、ここを出発して、アルメニア・イラン国境の方面へ向かう予定です。

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サカルトヴェロにて [アゼルバイジャン留学]

 アゼルバイジャンには女子バレーのプロリーグが存在し、サッカー、格闘技の次ぐらいの高い人気を獲得しています。そして、その中の1チーム、イグティサーッツ(iqtisadçı)には、全日本代表のリベロでもある佐野選手が所属しています。昨日(=22日)、その試合を日本人10名ほどで観戦し、その後、ご本人も含め一緒に中華料理を食べました。試合はかなり面白く、また感動したのですが、そして餃子も美味しかったのですが、この件については帰国後にまた詳しく書くことにします。
 というのも、わたくし、現在、お隣の国グルジアにいるのです。23時発のバスに乗って、今日(=23日)の昼前に首都トビリシに着きました。人生初グルジア。トルコ、アゼルバイジャン、イランに次ぐ4番目に訪れた外国。我ながら、自身の経験の狭さと偏りに呆れます。ちなみに、タイトルにある「サカルトヴェロ」とは、グルジア語で「グルジア」の意。

 隣国同士であり、20年ちょっと前には同じソ連邦の一部であったアゼルバイジャンとグルジアですが、けっこう色々な違いがあって面白いです。まぁ、それも帰国後に書きます。たぶん。
 ちなみに、帰国日は1週間後ぐらいの予定。たぶん。大雑把な計画しか立てていない行き当たりばったりの旅行なので、明日どこで何をしているかも分かりません。
 
 とりあえず今回は、本日入手したものの中で最も面白いものを紹介しましょう。

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グルジア語訳『百人一首』。漢字とグルジア文字の取り合わせが、何だか非常にまがまがしい。

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どうでもいい本に限ってダブって買ってしまうという現象の考察 ―― あるいは、記憶力に対する挑戦 (現象の紹介、および実験方法の説明 編) [その他]

 最近、アゼルバイジャン周辺で12世紀頃~20世紀前半に活躍した詩人たちの作品を片っ端から読んでいます。詠んではいません。読んでいるだけです。僕は別に、作品そのものに興味があるわけではないのです。ただ、作品の内容から、それぞれの時代の生活であるとか、常識であるとか、そういったものが少しは復元できないものかな、できたら良いな、などと思っているのです。
 そんな訳で、詩集の類を買い漁っているのですが、これがなかなかに大変です。それぞれの詩人の全集や選集、時代別・テーマ別のアンソロジー、伝記や評論、研究書 ―― これら全てを合わせると、膨大な数の書籍が出版されているからです。当然、購入済みのものを完全に把握しておくことは、僕の残念な記憶力では不可能で、かなりの割合で同じものを買ってしまいます。最近も、その日買った20冊あまりのうち4冊が見事にダブってしまい、「うへあ」となりました。しかも、その4冊全てが、かなりどうでもいい類の本でした。「ダブって買ってしまった・・・・・・がっかり」と「この本はどうでもいい本なのに・・・・・・がっかり」とで、二重のショックです。
 ―― つまりは、「どうでもいい本に限ってダブって買ってしまう」の法則です。

 僕はこの手の現象(要するに「マーフィーの法則」)が人並みに好きで、ジョーク的な文脈では、よくそれらを口にします。一方で、それらを必ずしも本気で信じているわけではありません。確率論的に、あるいは心理学的に、それらの「法則」はどう解釈できるのか ―― そういうことも同時に考えます。何故ならば、僕は自分のことを科学的な人間だと思っているからです。
 で、「どうでもいい本に限ってダブって買ってしまう」という現象ですが、考えてみれば、これは至極当たり前の現象と言えるでしょう。というのも、「買ったことを忘れてしまう本」というのは、多かれ少なかれ「どうでもいい本」であるからです。その本が重要だったり面白かったりしたならば、そもそも購入した事実を忘れることもなく、故にダブって買ってしまうこともない、という訳です。つまり、「どうでもいい本に限ってダブって買ってしまう」ではなく、正しくは「タブって買うような本はどうでもいい本である」ということですね。
 ―― なにやら、もっともらしい説明です。しかし、本当にそうでしょうか。

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マンホール (その4) [町の仲間たち in AZ]

 某所で非常に珍しいマンホールを発見した。しかし、このマンホール、憲兵隊のブースのすぐ脇にある。その距離、約20cm。さすがに怖くて撮影できない。



 今回紹介するのは、「ŞTŞ」と書かれたマンホール群。ŞTŞとは、おそらく「都市電話網(Şəhər Telefon Şəbəkəsi / Шәһәр Телефон Шәбәкәси)」のことで、ソ連時代のГТСの後継であると思われる。マンホールの意匠も、ГТСのそれと似たものが多い(ГТСのマンホールに関しては、前回の記事を参照)。
 また、「TŞ」と書かれたマンホールも数種類存在しており、これもŞTŞと同系統のマンホールと推測される。やはり、意匠が一部共通しているからである。故に、これらも併せて紹介する。
 なお、「Şəhər Telefon Şəbəkəsi」というのはアゼルバイジャン語であるため、恐らく全て独立後に作られたマンホールと考えられる。

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↑ 中心の文字を数十の同心円が囲み、最外縁にはギザギザという、ГТС系列と共通する意匠が施されている。ŞTŞ/TŞ系列でも、このタイプの意匠が基本形。

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↑ 数あるŞTŞ/TŞ系のマンホール群のうち、現在、町で最もよく目にするのは、このタイプ。ГТС系に比べると、かなりシンプル。

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↑ これタイプも、よく目にする。ここまでの3タイプに見られるように、ŞTŞ/TŞ系は、最外縁のギザギザが基本的に浮き彫りである。この点が、ГТС系との細かい相違点の1つ(ГТС系の場合、浮き彫りのギザギザはかなりレア)。

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ティルティルと震え、パルパルと輝き、ホンキュル・ホンキュルと泣く [アゼルバイジャン語]

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↑ 材料調達の関係上、1ヶ月に1回くらいのペースでしか挑戦できない料理、ラーメン。今回は、ベーコン(この国で唯一、比較的簡単に入手できる豚肉)をあれこれして、チャーシューみたいなものを作ってみた。他の具材は、味玉とネギのみで、シンプルに。味玉は、切る途中で糸が滑って形がおかしくなってしまった。この点が少し心残り。
 そういや、「ラーメンのスープを飲み干すなんて、とんでもない」って話があるけど、実際に作っていると、逆に飲み干さないことの方が、とんでもないことのように思えてくる。スープが一番手間かかるから、なんか捨てるのがもったいない。



 今回のテーマは、アゼルバイジャン語のオノマトペ。
 他のテュルク諸語のことは分からないが、少なくともアゼルバイジャン語に関しては、オノマトペの研究があまり進んでいないようである。語彙学の書物を紐解いてみても、オノマトペに関する項目は立てられていない。また、アゼルバイジャン語ではオノマトペのことを「təqlidi söz(直訳すると「模倣語」)というらしいのだが、そもそもこの語自体が結構大きな辞書にも載っていなかったりする。
 そんな訳で、このテーマに関して、体系的な知識を示すことは、なかなかに難しい。今回は、僕がこれまで実際に目にしたオノマトペを挙げている。数少ないこれらの用例を見る限り、オノマトペには後舌母音が使われる場合が多いという、音韻的な特徴がうかがえる。また、アゼルバイジャン語ではオノマトペが単独で用いられることはそれほど多くなく、たいていは名詞や動詞の一部として使われるようである。よって、原語を示す際は、単独の用例、名詞化した用例、動詞化した用例を並記した。

 さて、まずは、日本語に音が近いものから紹介しよう。例えば、強い風が吹きつける時の音を、アゼルバイジャン語では「ヴュ(-/vıyıltı/vıyıldamaq)と模する。日本語の「ビュービュー」「ビュンビュン」にあたる擬音だ。アゼルバイジャン語の「ヴュ」は、他にも、高速で回転する車輪の音や、銃弾の風切り音などにも用いられる。
 「ヴュ」とよく似た音に「ヴズ(vız/vızıltı/vızıldamaq)がある。2つ重ねて、「ヴズヴズ(vız-vız)という形でも使われる。これは羽虫が飛ぶ音で、つまりは「ブーン」に該当する。特に、ハチの羽音として用いられる例が多いようだ。
 「パルパル(par-par/parıltı/parıldamaq)もまた、よく使われる擬音語である。「パルル・パルル(parıl-parıl)と言われることもある。これは、何かが輝きを発する際に使われる言葉だ。例えば、目の輝き、星の瞬き、刃に反射する光などが、この語で表される。「キラキラ」「キラリ」などに置き換えられる場合が多い。また、「ピカピカ」「ピカッ」とは、音の類似も見られ、興味深い。
 「シャップ(-/şappıltı/şappıldamaq)は、物と物が衝突した際の擬音だが、特に何かが水に落ちた時の音として使われることが多い。日本語の「ジャボン」「バシャン」などにあたり、音も何となく近い。
 もちろん、音の類似性が見られないものもある。例えば、寒さや恐怖で体が震える際のオノマトペは、「ティルティル(tir-tir/-/-)。日本語の「ガタガタ」や「ブルブル」に該当し、「寒さでティルティルと震える(soyuqdan tir-tir əsmək)のような使い方をする。僕には、まったく感覚が分からない言葉の1つだ。

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すごくどうでもいいお知らせ [その他]

 ホームページの方に、「町の仲間たち」の項目を追加しました。それなりに体系的に整理しているので、こちらよりもだいぶ見やすくなっているはずです。さらに、画像も大きめのものをアップしていますし、ブログでは取りあげていない物件も数多く紹介しています。

 とりあえず、今のところは、マンホールのごく一部と、ゴミ箱、優先標識、公衆電話のみをアップ。今後、時間とやる気のある時に更新していく予定です。



 それだけでは何なので、写真の整理中に発見した、イランの交通標識(↓)。

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 アゼルバイジャンの標識とは、細かい点で色々な違いがあって、面白い。
 左下は「一時停止」。ペルシア語で「止まれ」と書かれている(「イースト」と読む)。この標識を目にした時、頭の上に一瞬「?」が浮かんだことを憶えている。というのも、「イースト」は、「立て」とも解釈できるからだ。車内で立ったら頭ぶつけるやろ、と。
 上の案内標識は、イランでは結構珍しいアルファベットが併記されたタイプ。

道路標識 (案内・指示標識 その2) [町の仲間たち in AZ]

案内・指示標識の第2弾。

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↑ 「駐車可」。右下に書かれている「XİDMƏTİ」は、「サービス」の意。

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↑ 「駐車可」のバリエーションで、「XİDMƏTİ」と書かれていないタイプ。上のタイプより数が少ない。

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↑ 「地下通路」。相変わらず、歩き方が人間離れしている。

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忘れましょう、顎の閉じ方を [町の仲間たち in AZ]

 以前紹介した「渡った先が行き止まりの横断歩道」からも分かるように、アゼルバイジャンの街角には、開いた口がふさがらない類の物件が数多く存在している。今回は、それらを紹介しよう。さあ、ともに唖然としようではありませんか。

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↑ これが、その横断歩道。何度見ても笑えるので、再録。

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いしのなかにいる! 壁に食い込む広告板。広告主募集中。

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ジングルベルで新年を [アゼルバイジャン留学]

 アゼルバイジャンで2度目の年越し。前回は1人でテレビを観ていたが、今回は残留組の日本人数名と一緒に過ごした。皆で人生ゲームをやった。平凡なサラリーマンを目指したのに、ヒマラヤに登ってみたり、カジノで大儲けしてみたり、かと思えば家が焼けて一家4人ホームレスになるし、挙句の果てには月旅行に出かけてしまうし。人生は、ままならない。

 さて、アゼルバイジャンでは、1月1日が国民の祝日に指定されており、年の変わり目には様々なイベントが催される。ただ、そこまで“お祭り”といった感じではない。というのも、アゼルバイジャンには、ノヴルーズ(Novruz)と呼ばれる旧正月があり、“お正月”的なイベントは主にこちらで行われるからだ。ちなみに、ノヴルーズはイランの暦に由来しており、3月20日か21日、つまり春分の日に祝われる。イランでは、現在も、この日がカレンダー(ヒジュラ太陽暦)の最初の日だ。
 なお、アゼルバイジャン語の新年の挨拶は、「イェニ・イリニズ・ミュバーレキ・オルスン(Yeni iliniz mübarək olsun!)」と言う。直訳すると、「あなたの新たな1年が(神に)祝福されたものでありますように」となる。ちなみに、mübarəkは、去年失脚したエジプトの大統領の名と同じ単語だ。

 ソ連時代は、ツリーを飾って新年を祝ったそうだが、その風習は現在も生きている。特に主だった公園などには、かなり大きなツリーが設置される。現在では、独立以降に流入した商業的クリスマスがそこに混ざりこみ、我々日本人にとっても馴染みやすいものになっている。
 つまり、アゼルバイジャンの新年は、雰囲気的には“クリスマス”であると言える。以前紹介したように、町にはサンタもいれば、サンタではない何か(雪姫?)もいる。また、一昨年の大晦日にテレビを観ていたら、年越しのカウントダウンのBGMに「ジングルベル」が使われていた。なお、アゼルバイジャンのクリスマスは、12月25日ではなく、1月7日である(ロシア正教準拠)。

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↑ 1月5日のニュース番組。小さなツリーが飾られている。アナウンサーが分身しているのは、電波状態が悪いためであって、決して受像機のせいでも、カメラのせいでもない。

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トマソン in Baku (その2) [町の仲間たち in AZ]

 去年は何だかしっくりこない1年だった。何故か2011年ではなく、2012年であるような気がずっとしていたからだ。実際、書類を作成する際、何度も間違って「2012年」と書いた。
 今、新年を迎え、感覚上の年と実際の年とがようやく一致した。いまだ「年が明けた」という実感がないからだ。僕の感覚が「年が明けた」ことを認識してしまった時、僕はまたしっくりこない1年を過ごすことになるのだろうか。



 バクーで見られるトマソン、第2弾。まさか2度目があるとは、自分でも思っていなかった。

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↑ バクーで最も美しいトマソンはどれか、と問われれば、僕は迷わずこれを挙げる。灯りのない街灯。圧倒的な存在感、曲線の優美さ、無用さの度合い ―― どれをとっても素晴らしい。

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↑ 純粋階段。かつては家屋の扉につながっていたものと思われる。

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↑ 中途半端に切断された石柱。何だか不気味。

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ゴミ箱 (その2) [町の仲間たち in AZ]

 ゴミ箱の第2弾。
 アゼルバイジャンでは、町の至る所にゴミ箱が置かれているが、それでも人々はポイ捨てをやめない。というか、そもそも「ポイ捨てが駄目」という感覚すら無いらしい。特に多いのは、タバコのポイ捨て。ほんと、やめてほしい。

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↑ バス停の脇に置かれているタイプ。珍しく、分類回収。だが、どこにどのゴミを入れて良いやら、よく分からない。どこに入れても、結局行き先は同じなのではないか、という深刻な疑惑もある。

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↑ 旧市街の置かれているタイプ。生ゴミとそれ以外に大きく分類され、回収される。また、オレンジ色の別種のゴミ箱(写真左)が併置されることが多い。

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↑ オレンジのゴミ箱は、パン専用。何故パンだけ別扱いなのか、そもそもそれほど大量のパンのゴミが出るのか、疑問は尽きない。

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略語の作り方 [アゼルバイジャン語]

 略語を作る際の日本語の造語感覚って、けっこう独特で面白いと思う。例えば、「メールアドレス」を「メアド」と縮めることを思いついた人とか、「亜米利加」を「米国」と略した昔の人とか、「チョベリバ」って最初に言った女子高生とか、「トヨタ・スポーツ800」を「ヨタハチ」と呼び始めた誰かさんとか、こういった人たちは本当に凄い連中だと僕は思う。
 あるいは、「携帯電話」を「携帯」と略する感覚も面白い。より重要、というかより本質的な部分の方が削られているように見えるからだ(もっとも、この点に関しては、英語の「mobile」なども同様だが)。「天然」という言葉も、興味深い。天然の“何”なのかが重要なはずなのに、そちらが省略されてしまっている。でも、今では、「天然」と言っただけで意味が通じる。と言うか、「天然」の後に何が略されているかを知らない人も、結構いるのではなかろうか。

 さて、アゼルバイジャン語の略語は、英語などと同じく、単語の頭文字を抜き出して構成したものが多い。そして、その多くは、アルファベットをそのまま繋げて読まれる。例えば、「アゼルバイジャン共和国(Azərbaycan Respublikası)」は「AR」と略され、「アー・エル」と読む。「アゼルバイジャン共和国国立石油会社(Azərbaycan Respublikası Dövlət Neft Şirkəti)」の略称「ARDNŞ」も、そもまま「アー・エル・デー・エヌ・シェー」と読まれる。まぁ、「日本放送協会」、略称「NHK(エヌ・エイチ・ケイ)」などと同様のシステムと言えよう。
 一方で、略称が特殊な読み方を持つ場合も多い。例えば、「内務省(Daxili İşlər Nazirliyi)」の略称は「DİN」と書かれ、「ディン」と発音される。「アゼルバイジャン国立科学アカデミー(Azərbaycan Milli Elmlər Akademiyası)」は「AMEA」、「新アゼルバイジャン党(Yeni Azərbaycan Partiyası)」は「YAP」と略されるが、それぞれ読み方は「アメア」、「ヤップ」となる。

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道路標識 (規制標識 その1) [町の仲間たち in AZ]

 種類は少ないが数は多い。数は多いが、面白みは少ない。 ―― それが規制標識。

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↑ 「指定方向外進行禁止」。写真のものは、右折以外禁止。・・・・・・って、左折する車が思いっきり写ってるけど。

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↑ 右折以外禁止のバリエーション。レア。

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バケツ一杯のスパム (2杯目) [スパム・メール]

 以前紹介した『世界の国々』の最新版を書店で見かけた。日本の首相は、菅直人になっていた。非常に申し訳ない気分になった。



件名:USA発 天然バイアグラ★副作用無し!
本文:(前略・・・)
USA発 天然バイアグラ 驚異のリピーター率を記録! 
      ↓↓↓↓↓↓↓
(アドレス省略)

★100%ナチュラル成分だから副作用無し!★

(・・・後略)



 このスパムを書いた人は、100%ナチュラル成分のドクササコでも食って、もがき苦しめば良いと思う。ナチュナル云々と副作用は、全く無関係だろうに。

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色々な色 (その2) [アゼルバイジャン語]

 小学校5~6年生の頃、炎天下の中、草刈りをしていた時のこと。一緒に作業していたクラスメートに「帽子かぶって髪を隠したほうが良いよ」と言われた。「何で?」と訊くと、「黒い場所は熱くなりやすいんだよ」と言う。彼だったか、彼女だったかは、さらに続けて「黒いものは、光を吸収しやすいんだよ」と教えてくれた。
 僕は彼/彼女の物知りっぷりに感心すると同時に、なぜ黒いものは光を吸収しやすいのか、不思議に思った。後々になって、むしろ「逆」であること、つまり「光を吸収するから黒い」んだということに気付いた時は、目から何かが落ちて、喉に刺さった何かがとれた気がしたものだ。世の中、こういう「むしろ逆」のことって、けっこうある。例えば、「何で海の水はしょっぱいのか」と考えるより、「何で川の水はしょっぱくないのか」と考えたほうが、はるかに分かりやすい。

 それはそうと、「黒」の話。物理的に特殊な色である「黒」は、言語の面でもやはり特殊な位置を占めているように思う。日本語にも、「黒」に関連した表現がたくさん存在する。「黒字」、「黒星」、「腹黒い」、「目が黒いうちは」、「白黒つける」・・・等々、面白い表現も多い。
 アゼルバイジャン語の「黒(qara)」は、どうか? 日本語の「黒」との共通点、相違点は、どこにあるだろうか? 例えば、「黒いお金(qara pul)」が「銅貨」という意味になるというのは、以前述べた通りだ。今回は、そういった、アゼルバイジャン語の「黒」のイメージ、「黒」を用いた慣用表現を紹介しよう。

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